ブログ 日光街道ヘロヘロ旅

旧日光街道を歩いています。

引っ越しました

長らくはてなさんにお世話になっていた当ブログですが、この度引っ越しました。新しいURLはこちらです。 http://nikkokaido.sblo.jp/ nikkokaido.sblo.jpご面倒をおかけしますが、ブックマークされている方はURLの変更をお願いします。 今後とも「ブログ 日…

日光道中千住宿 おしまい

東海道の初日は、初めての街道歩きでどのくらい歩けるのか分からず、日本橋を午後出発。 一番目の宿場:品川宿の入口まで歩いて、JR品川駅から帰宅。 中山道の初日は、東海道の時よりも歩こうと午前中に出発。 しかし、2~3日前に風邪を引いてしまい、体調…

日光道中千住宿 その24

いよいよ西新井大師です。 正式名称は五智山遍照院總持寺。 天長3年(826)に弘法大師が関東巡錫の際この地に立ち寄り、悪疫流行に悩む村人たちを救おうと、十一面観音像を彫り、枯れ井戸に安置して護摩祈願したのがはじまり。 お堂の西側にあった枯れ井戸か…

日光道中千住宿 その23

食事が終わっていよいよお参り。 西新井大師の門前に向かい合って団子屋。 あ!この風景TVで観たことある。 右手は文化2年(1805)創業の中田屋で、左手は元禄2年(1689)創業の清水屋。 さすが歴史の古い門前町だけに、江戸時代から続く老舗がいくつもあるん…

日光道中千住宿 その22

何の変哲もない島根交差点を左折して、都道318号環状七号線を1.7kmほど進むと西新井大師。 お参りの前に、お八つ…ってゆーか、ようやくお昼ご飯です。(^-^; 明治30年(1897)創業の武蔵屋でうな重♪ 今日は街道歩きは短めにして、13~14時頃に当店で昼食と思っ…

日光道中千住宿 その21

身の危険を感じながら梅島駅を通過。 梅島駅を過ぎると歩道の幅が広がるのでホッ。 足立区の歩道は危険が一杯なので早く通り過ぎたいけど、本日の終点は梅島駅から600mほど北にある島根交差点で、まだまだ足立区。 14:45だと時間的にはまだ早いけど、今まで…

日光道中千住宿 その20

千住新橋を渡ると首都高速中央環状線を横目に荒川左岸の土手を進みます。 千住新橋出入口の料金所を目指すと川田橋交差点から旧道復活。 石不動堂・子育八彦尊道道標を横目にひたすら北上します。 足立梅田郵便局の手前、名前のない交差点に「右 旧日光道中…

日光道中千住宿 その19

下妻道の追分から旧道は北西に進んで荒川を横断…ってゆーか、土手にぶつかって消滅。 大川町氷川神社で旧千住新橋の親柱を見学してから、千住新橋で荒川を渡ります。 しかし、往時はここに荒川は流れていませんでした。本来の荒川は現在の隅田川で暴れ川。 …

日光道中千住宿 その18

水戸佐倉道の追分から100mほど進むとまた追分。 日光街道は左折するけど、真っ直ぐ進む道は下妻道。 “教科書”『今昔三道中独案内』には滝山道となっているけど、下妻道を北上すると、喜連川宿で奥州道中と合流します。 ちなみに、古奥州道はこの追分から中川…

日光道中千住宿 その17

先を進むと、名前のない交差点に「北へ 旧日光道中」「東へ 旧水戸佐倉道」と刻まれた石標があります。 ここが水戸佐倉道(水戸街道・佐倉街道)の追分。 水戸街道は歩いてみたい街道の1つなので、ここでは触れないでおきたいところだけど、ちょっと寄り道…

日光道中千住宿 その16

もう13時を回って、ようやくランチ…ってゆーか、お八つ。(^-^; かどやさんの槍かけだんごで舌鼓。 今朝は4時に起きてトースト1枚食べただけなので、もう腹減った…。(+_+) あまりにも腹減ってやきとあんを2本ずつ注文んだらご主人が驚いているので、日本橋…

日光道中千住宿 その15

千住ほんちょう公園の「千住宿 高札場 由来」案内板を横目に先へ進みます。 公園を過ぎると人通りが少なくなって、なかなかイイ感じの風景。左手は江戸時代から続く千住絵馬屋・吉田家。 当家に保存されている吉田家絵馬資料と、江戸時代からの伝統を守る千…

日光道中千住宿 その14

さて、千住本氷川神社で気になるのは足立区年中無休ラジオ体操発祥之地碑。 ラジオ体操発祥之地とチラ見して、マジか!と思ったけど、よく見たら足立区年中無休ラジオ体操発祥之地。 毎日休まずにラジオ体操をするなんて、小学生の夏休みだけしかしていない…

日光道中千住宿 その13

お休み処「千住 街の駅」でガイドマップをGETして、セブン茶屋の細い路地を入ると千住本(せんじゅもと)氷川神社。 由緒が面白い。 徳治2年(1307)に千葉氏によって牛田の地に氷川社が創建されました。 江戸時代初期、現在地に分社を建立。 明治43年(1910)…

日光道中千住宿 その12

ダイエートポス北千住店を過ぎると千住二丁目です。 千住三丁目は国道4号と北千住駅をむすぶ広い道路からと思いきや、その次の、車が通れないほどの細い路地が境なので意外。 その千住三丁目の角にある100円ショップ・そのうハッピーショップが千住宿本陣跡…

日光道中千住宿 その11

千住宿に入ると東京芸術センターに問屋場・貫目改所跡があります。 すぐに宿場の施設があるのね。 角の路地を進んで寄り道します。 まずは不動院で、戊辰戦争に従軍した安芸藩士の芸州供養塔にお参り。 そして、お隣の慈眼寺。 正和3年(1314)に創建された古…

日光道中千住宿 その10

仲町氷川神社より街道復帰して掃部宿を進むと名前のない交差点。 ここが千住一里塚跡で、右手の植え込みに一里塚跡碑が立っています。 左手は高札場跡。 もう掃部宿のはずれで、往時は水除堤が横たわっていました。 堤に沿った堀に架けられた板橋を渡ると、…

日光道中千住宿 その09

千住仲町交差点で旧道に戻らず、そのまま墨堤通りを東に寄り道。 路地裏に仲町氷川神社。 ひっそりとしているけど、当社はお宝がいっぱい。まずは区登録有形文化財の関屋天満宮碑。 登録文化財ってのは、天満宮ではなくて、碑の方。 天満宮自体も、社や祠は…

日光道中千住宿 その08

千住仲町交差点に源長寺。 慶長15年(1610)石出吉胤(いしで よしたね)によって開創されました。 しかし、吉胤が千住大橋架橋の奉行を務めた伊奈忠次を敬慕していたので、忠次を開基としています。 掃部(かもん)宿開発に尽力した吉胤は元和4年(1618)に没…

日光道中千住宿 その07

左手の路地入口に「旧日光道中」「是より西へ大師道」と刻まれた石標が立っています。 今日は帰りに西新井大師に寄るので、街歩きだったら遠回りの日光街道じゃなくて、大師道をブラブラ歩くのもイイね。

鉢石宿→神橋

土曜日に日光道中二十一次の鉢石宿~神橋を歩きました。\(^-^)/ 日光街道…ってゆーか、日光道中歩きの10日目で最終日。 歩いた距離は寄り道含めて5.0km、2時間35分の旅。 歩数は5,792歩。しかし、日光道中の終点神橋の先に世界遺産があります。 世界遺産…

日光道中千住宿 その06

家並みをキョロキョロしながら進んでいると建物の前に屋号が掲げてあります。 同じ五街道一番目の宿場である東海道品川宿&中山道板橋宿では見られなかった光景。 日光道中千住宿は頑張っているね~。 しかし、往時の千住宿はまだ先で、この付近は掃部(かも…

日光道中千住宿 その05

日本橋を立ってすぐ分かれたものの、再び出会った国道4号とはまたしばしの別れ。 国道4号は左カーブするけど、旧道は足立市場前交差点を真っ直ぐです。 足立市場の塀に「千住宿 奥の細道」と書かれ、松尾芭蕉生誕360年記念事業として平成16年(2004)に矢立…

大沢宿→今市宿

昨日日光道中二十一次の大沢宿~今市宿を歩きました。\(^-^)/ 日光街道歩きの9日目。 公共交通だと関東バス石那田停留所からJR日光駅まで。 歩いた距離は寄り道含めて26.4km、7時間55分の旅。 歩数は34,772歩。日光街道といえば杉並木。 前回の徳次郎宿…

日光道中千住宿 その04

大橋公園の先に橋戸稲荷神社が鎮座しています。 延長4年(926)創建というので、日光道中沿道の歴史は古いね~。 本殿と伊豆長八の鏝(こて)絵が区登録有形文化財です。

日光道中千住宿 その03

橋詰テラスに下りる手前に大橋公園があります。 おくのほそ道矢立初の碑とおくのほそ道行程図(案内板)が建っています。 この場所は千住宿の橋戸河岸。 歌川広重の名所江戸百景「千住の大はし」では、荒川(隅田川)に架かる千住大橋の両岸が船着場で、多く…

日光道中千住宿 その02

千住大橋を渡ると足立区になります。 千住大橋橋詰テラスの堤防の壁に「おくのほそ道」の一節と、与謝蕪村「奥の細道図屏風」の挿絵が描かれています。 「おくのほそ道 旅立ちの地 千じゆと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のち…

徳次郎宿→

体育の日に日光道中二十一次の徳次郎宿を歩きました。\(^-^)/ 日光街道歩きの8日目。 公共交通だとJR宇都宮駅から関東バス石那田停留所まで。 歩いた距離は寄り道含めて21.2km、7時間15分の旅。 歩数は27,381歩。前回は9月で28.2km、9時間10分歩いたの…

日光道中千住宿 その01

素盞雄(すさのお)神社では、境内を散策したり、ご朱印いただいたり、休憩したり。 ツイッターでつぶやくようになってから、つぶやいている時間が半ば休憩しているようなもので、改まって休憩をしなくなってきたけど、ベンチがあるのでようやく15分休憩。 1…

日光道中日本橋 おしまい

千住といえば松尾芭蕉「おくのほそ道」の矢立初めの地。 松尾芭蕉の碑が建っています。 文政3年(1820)10月12日の芭蕉忌に建てられました。 千住が矢立初めの地といっても、船に乗った芭蕉が千住に降り立ったのは、宿場のある向こう岸と思うけど、当社の祭神…

日光道中日本橋 その25

素盞雄(すさのお)神社の文化財。 続いて、境内の隅に集められた石仏群の右側3基が庚申塔群三基(寛永十三年銘他)。 庚申塔は左から、延宝6年(1678)・寛文13年(1673)・文化8年(1811)のものです。 区指定有形民族文化財。

日光道中日本橋 その24

素盞雄(すさのお)神社は歴史が古い分、文化財がいっぱい。 まずは富士塚で区指定記念物・史跡。 由緒で二柱の神が降臨したという奇岩:瑞光石の周りに玉垣を築いて、元治元年(1864)に浅間(せんげん)神社を祀ったものです。 鳥居の奥に溶岩を集めたミニ富…

日光道中日本橋 その23

日本橋の巻を終えるために区切りの休憩したいな~と思いながら、都道464号を進むと国道4号。 あ、高架の下に鳥居が! とうとう素盞雄(すさのお)神社まで来ちゃった。(^-^; 延暦14年(795)素盞雄大神&飛鳥大神の二柱の神が降臨した奇岩を祀って創建したと…

石橋宿→宇都宮宿

一昨日の金曜日に日光道中二十一次の石橋宿~宇都宮宿を歩きました。 日光街道歩きの7日目。 駅だとJR宇都宮線自治医大駅から宇都宮駅まで。 歩いた距離は寄り道含めて28.2km、9時間10分の旅。 歩数は36,261歩。北関東は暑いので、前回は曇りの日を狙って…

日光道中日本橋 その22

小塚原回向院本堂の奥に進むと墓地。 史跡エリアと一般墓地と分かれているので注意。 史跡エリアには、安政の大獄や桜田門外の変などで刑死した歴史上の人物が葬られています。 景岳橋本君碑が区登録有形文化財、安政の大獄の安政6年(1859)に斬首となった吉…

日光道中日本橋 その21

JR常磐線をくぐると小塚原回向院があります。 寛文7年(1667)刑死者の菩提を弔うために、本所回向院(現在の両国回向院)の別院として、常行堂を創建したのがはじまり。 当山は小塚原の刑場跡として区指定史跡となっています。 延命寺も刑場跡ですが、元は当…

日光道中日本橋 その20

公衆トイレがあるのでありがたいけど、南千住駅周辺にはベンチがないので先へ進む…ってゆーか、駅の向かいに延命寺があります。 この付近は東海道品川宿の鈴ヶ森と並ぶ小塚原の刑場があったところ。 境内には、寛保元年(1741)刑死者の菩提を弔うために建てら…

日光道中日本橋 その19

都道464号に戻って先を進みます。 泪橋交差点で都道306号「明治通り」を過ぎると荒川区。 すると、目の前に南千住駅前歩道橋がデ~ン。 だだっ広い隅田川貨物線の線路を越えると東京メトロ日比谷線南千住駅南口に出ます。 駅前のベンチで休憩がてら、日本橋…

間々田宿→小金井宿

昨日8月11日山の日に日光道中二十一次の間々田宿~小金井宿を歩きました。 日光街道歩きの6日目。 駅だとJR宇都宮線間々田駅から自治医大駅まで。 歩いた距離は寄り道含めて31.4km、10時間50分の旅。 歩数は41,752歩で、日光街道を6回歩いた中で一番歩き…

日光道中日本橋 その18

東禅寺の帰り。 向かう時は気がつかなかったけど、「南無馬頭観世音菩薩」の幟が旗めいています。 何だろう?と思って、ビルと民家の間を入ると駿馬塚。 案内板によると、康平年間(1058~64)源義家が陸奥へ向かう際、この地で愛馬青海原が絶命したので葬っ…

日光道中日本橋 その17

東禅寺の境内の片隅に夫婦の銅像が並んでいます。 麺麭祖と書かれたプレートがあるので、麺業界の功労者の像と思って写真を家に持ち帰ったら、何と!「麺麭」はパンのことで、銅像は明治2年(1869)に創業した木村屋總本店の創業者:木村安兵衛♥ブン夫妻でし…

日光道中日本橋 その16

都道464号に戻り先を進みます。 名前のない交差点から路地に入ると、突き当たりに東禅寺があります。 その正面に銅造地蔵菩薩坐像がド~ンと鎮座。 江戸六地蔵の1つで、宝永7年(1710)に建立されました。 都指定有形文化財です。

日光道中日本橋 その15

今戸神社の吽形の狛犬の後ろに今戸焼発祥之地&沖田総司終焉之地の凸凹コンビの碑が並んでいます。 中山道の神田今川橋が今川焼発祥の地というので、この地には今戸焼というお菓子があったのか!と思ったら、土器の方の焼き物でした。(>_ 肺の病に冒されてい…

日光道中日本橋 その14

待乳山聖天から一度旧道に戻って、吉野橋跡から暗渠になっている山谷堀公園をたどって、今戸神社。 ご苦労なことです。(^-^; 源頼義・義家父子が前九年の役に勝利した康平6年(1063)に石清水八幡を勧請したというので、当社は八幡宮なのね。拝殿にペアの招き…

日光道中日本橋 その13

待乳山聖天(まつちやましょうでん)には珍しいものがあります。 大根(笑)。 大根は夫婦和合・縁結び・子孫繁栄を表すもので、お供え用の大根を売っています。 入口に大根まつりの告知が掲げてあったけど、大根まつりは昭和49年(1974)から毎年正月7日に行…

日光道中日本橋 その12

吾妻橋交差点から東武浅草駅を左に見て、国道6号「江戸通り」を進むと五叉路の言問(こととい)橋西交差点。 左斜めの都道464号を進んで待乳山聖天(まつちやましょうでん)に寄り道します。 当山の寺号は本龍院。 浅草寺の子院の1つだけど、何と!本山の…

日光道中日本橋 その11

浅草寺(せんそうじ)の境内の奥に浅草(あさくさ)神社があります。 神仏習合の名残ですね。 通称は三社さまで、祭礼の三社祭が有名。 てっきり、下町の有名な神社である当社・神田神社(神田明神)・富岡八幡宮の3社を御輿でグルグル巡回するお祭りと思っ…

日光道中日本橋 その10

雷門の歴史が古いとということは、浅草寺の歴史が古い! 何と!推古36年(628)! 江戸浦(隅田川)で漁をしている檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)兄弟の網に観音さまが! その地がさっき立ち寄った駒形堂で、郷司の土師真中知(はじのまつち…

日光道中日本橋 その09

駒形橋西詰交差点からは、浅草寺の参道と化した旧道の先に、雷門が見えます。 雷門は通称で、正式名称は風雷神門。 その歴史は古く、天慶5年(942)に初めて建てられました。 何度か焼けているけど、慶応元年(1865)の焼失後、昭和35年(1960)に松下電器の創業…

中田宿→野木宿

昨日11日(土)に日光道中二十一次の中田宿~野木宿を歩きました。\(^-^)/ 日光街道歩きの5日目。 駅だとJR宇都宮線栗橋駅から間々田駅まで。 歩いた距離は寄り道含めて28.2km、11時間05分の旅。 歩数は37,065歩。街道歩きは基本的に月1回というサイクル…