ブログ 日光街道ヘロヘロ旅

旧日光街道を歩いています。

00日光道中日本橋

日光道中日本橋 おしまい

千住といえば松尾芭蕉「おくのほそ道」の矢立初めの地。 松尾芭蕉の碑が建っています。 文政3年(1820)10月12日の芭蕉忌に建てられました。 千住が矢立初めの地といっても、船に乗った芭蕉が千住に降り立ったのは、宿場のある向こう岸と思うけど、当社の祭神…

日光道中日本橋 その25

素盞雄(すさのお)神社の文化財。 続いて、境内の隅に集められた石仏群の右側3基が庚申塔群三基(寛永十三年銘他)。 庚申塔は左から、延宝6年(1678)・寛文13年(1673)・文化8年(1811)のものです。 区指定有形民族文化財。

日光道中日本橋 その24

素盞雄(すさのお)神社は歴史が古い分、文化財がいっぱい。 まずは富士塚で区指定記念物・史跡。 由緒で二柱の神が降臨したという奇岩:瑞光石の周りに玉垣を築いて、元治元年(1864)に浅間(せんげん)神社を祀ったものです。 鳥居の奥に溶岩を集めたミニ富…

日光道中日本橋 その23

日本橋の巻を終えるために区切りの休憩したいな~と思いながら、都道464号を進むと国道4号。 あ、高架の下に鳥居が! とうとう素盞雄(すさのお)神社まで来ちゃった。(^-^; 延暦14年(795)素盞雄大神&飛鳥大神の二柱の神が降臨した奇岩を祀って創建したと…

日光道中日本橋 その22

小塚原回向院本堂の奥に進むと墓地。 史跡エリアと一般墓地と分かれているので注意。 史跡エリアには、安政の大獄や桜田門外の変などで刑死した歴史上の人物が葬られています。 景岳橋本君碑が区登録有形文化財、安政の大獄の安政6年(1859)に斬首となった吉…

日光道中日本橋 その21

JR常磐線をくぐると小塚原回向院があります。 寛文7年(1667)刑死者の菩提を弔うために、本所回向院(現在の両国回向院)の別院として、常行堂を創建したのがはじまり。 当山は小塚原の刑場跡として区指定史跡となっています。 延命寺も刑場跡ですが、元は当…

日光道中日本橋 その20

公衆トイレがあるのでありがたいけど、南千住駅周辺にはベンチがないので先へ進む…ってゆーか、駅の向かいに延命寺があります。 この付近は東海道品川宿の鈴ヶ森と並ぶ小塚原の刑場があったところ。 境内には、寛保元年(1741)刑死者の菩提を弔うために建てら…

日光道中日本橋 その19

都道464号に戻って先を進みます。 泪橋交差点で都道306号「明治通り」を過ぎると荒川区。 すると、目の前に南千住駅前歩道橋がデ~ン。 だだっ広い隅田川貨物線の線路を越えると東京メトロ日比谷線南千住駅南口に出ます。 駅前のベンチで休憩がてら、日本橋…

日光道中日本橋 その18

東禅寺の帰り。 向かう時は気がつかなかったけど、「南無馬頭観世音菩薩」の幟が旗めいています。 何だろう?と思って、ビルと民家の間を入ると駿馬塚。 案内板によると、康平年間(1058~64)源義家が陸奥へ向かう際、この地で愛馬青海原が絶命したので葬っ…

日光道中日本橋 その17

東禅寺の境内の片隅に夫婦の銅像が並んでいます。 麺麭祖と書かれたプレートがあるので、麺業界の功労者の像と思って写真を家に持ち帰ったら、何と!「麺麭」はパンのことで、銅像は明治2年(1869)に創業した木村屋總本店の創業者:木村安兵衛♥ブン夫妻でし…

日光道中日本橋 その16

都道464号に戻り先を進みます。 名前のない交差点から路地に入ると、突き当たりに東禅寺があります。 その正面に銅造地蔵菩薩坐像がド~ンと鎮座。 江戸六地蔵の1つで、宝永7年(1710)に建立されました。 都指定有形文化財です。

日光道中日本橋 その15

今戸神社の吽形の狛犬の後ろに今戸焼発祥之地&沖田総司終焉之地の凸凹コンビの碑が並んでいます。 中山道の神田今川橋が今川焼発祥の地というので、この地には今戸焼というお菓子があったのか!と思ったら、土器の方の焼き物でした。(>_ 肺の病に冒されてい…

日光道中日本橋 その14

待乳山聖天から一度旧道に戻って、吉野橋跡から暗渠になっている山谷堀公園をたどって、今戸神社。 ご苦労なことです。(^-^; 源頼義・義家父子が前九年の役に勝利した康平6年(1063)に石清水八幡を勧請したというので、当社は八幡宮なのね。拝殿にペアの招き…

日光道中日本橋 その13

待乳山聖天(まつちやましょうでん)には珍しいものがあります。 大根(笑)。 大根は夫婦和合・縁結び・子孫繁栄を表すもので、お供え用の大根を売っています。 入口に大根まつりの告知が掲げてあったけど、大根まつりは昭和49年(1974)から毎年正月7日に行…

日光道中日本橋 その12

吾妻橋交差点から東武浅草駅を左に見て、国道6号「江戸通り」を進むと五叉路の言問(こととい)橋西交差点。 左斜めの都道464号を進んで待乳山聖天(まつちやましょうでん)に寄り道します。 当山の寺号は本龍院。 浅草寺の子院の1つだけど、何と!本山の…

日光道中日本橋 その11

浅草寺(せんそうじ)の境内の奥に浅草(あさくさ)神社があります。 神仏習合の名残ですね。 通称は三社さまで、祭礼の三社祭が有名。 てっきり、下町の有名な神社である当社・神田神社(神田明神)・富岡八幡宮の3社を御輿でグルグル巡回するお祭りと思っ…

日光道中日本橋 その10

雷門の歴史が古いとということは、浅草寺の歴史が古い! 何と!推古36年(628)! 江戸浦(隅田川)で漁をしている檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)兄弟の網に観音さまが! その地がさっき立ち寄った駒形堂で、郷司の土師真中知(はじのまつち…

日光道中日本橋 その09

駒形橋西詰交差点からは、浅草寺の参道と化した旧道の先に、雷門が見えます。 雷門は通称で、正式名称は風雷神門。 その歴史は古く、天慶5年(942)に初めて建てられました。 何度か焼けているけど、慶応元年(1865)の焼失後、昭和35年(1960)に松下電器の創業…

日光道中日本橋 その08

享和元年(1801)創業の駒形どせうを横目に駒形橋西詰交差点。 交差点の一角に駒形堂。 駒形堂は浅草寺の伽藍の1つで、境内の飛び地となっています。 当地は浅草寺の本尊:聖観世音菩薩が隅田川から発見された聖地。 そのため、元禄5年(1692)当地を魚鳥殺傷…

日光道中日本橋 その07

天保6年(1835)創業の久月を横目に蔵前一丁目交差点。 右折すると蔵前橋の手前に浅草御蔵跡碑があります。 浅草御蔵(あさくさおくら)は、またの名を浅草御米蔵ともいい、主として旗本・御家人の給米用の倉庫群。 元和6年(1620)奥州道中(日光道中)の左手…

日光道中日本橋 その06

旧道に戻ると横山町問屋街。 両国ビルヂングの案内板を横目に片側3車線の広い道路に出ると、浅草橋交差点。 浅草橋交差点から左側の歩道がなくなるので、右側に移ると、神田川に架かる浅草橋。 神田川には屋型船がいっぱい。 浅草橋を渡ると台東区となり、…

日光道中日本橋 その05

十思公園には石町(こくちょう)時の鐘も置かれています。 江戸時代最初の時の鐘で都指定文化財。 元々は江戸城西の丸で撞いていた鐘で、日本橋石町に鐘楼堂を造って納めたのが起源。 日本橋石町は中山道沿いの日本橋室町4丁目~日本橋本町4丁目付近。 3…

日光道中日本橋 その04

名前のない交差点で寄り道。 左折して小伝馬町交差点で国道6号「江戸通り」を突っ切り、1つめの路地に入ると十思公園。 都指定史跡伝馬町牢屋敷跡で、公園内だけでなく、入口の大安楽寺・十思スクエアも牢屋敷だったので、けっこう広い。 公園の片隅に吉田…

日光道中日本橋 その03

年末年始の休み初日の朝で人通りが少ない。 都道316号「昭和通り」にぶつかる…ってゆーか、道路や丁字路に出る時に口癖で「ぶつかる」って言うけど、昭和通りには交差点がなくて行き止まり。 ホントにぶつかる。(^-^; 天下の五街道が地下道に!(>_ 街道歩き…

日光道中日本橋 その01

いよいよ日光道中二十一次を歩く! あ!そういえば、今まで東海道に中山道、そして今回の日光道中の起点である日本橋をスタートするのに、現在の日本橋について語っていない! 国指定重要文化財である日本橋は、明治44年(1911)に木造から現在の石造二重アー…