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ブログ 日光街道ヘロヘロ旅

旧日光街道を歩いています。

日光道中千住宿 その05

01日光道中千住宿

日本橋を立ってすぐ分かれたものの、再び出会った国道4号とはまたしばしの別れ。
国道4号は左カーブするけど、旧道は足立市場前交差点を真っ直ぐです。
足立市場の塀に「千住宿 奥の細道」と書かれ、松尾芭蕉生誕360年記念事業として平成16年(2004)に矢立初芭蕉像が建てられました。
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おーっ!千住宿ってのは、日光街道じゃなくて、おくのほそ道の宿場かいっ!
ビックリしたけど、「旧日光道中(陸羽街道)」と書かれた標識や「日光道中千住宿」の石標もあるので、日光街道の宿場ということはアピールしてるのね…ホッ。

大沢宿→今市宿

日光街道歩き

昨日日光道中二十一次の大沢宿~今市宿を歩きました。\(^-^)/
日光街道歩きの9日目。
公共交通だと関東バス石那田停留所からJR日光駅まで。
歩いた距離は寄り道含めて26.4km、7時間55分の旅。
歩数は34,772歩。

日光街道といえば杉並木。
前回の徳次郎宿の巻で、宇都宮宿を抜けて国道119号を進むと杉並木が現れます。
しかし、フツーの街路樹みたいに車道と歩道を分けるように杉が並んでいます。
車道には路側帯があるので歩こうと思えば歩けるけど、交通量の多い国道なので実際コワいです。
一里塚や撮影するものがあるからと、時々路側帯を歩くこともあるけど、だいたいは杉並木の外にある歩道歩きでした。
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(大沢宿の入口に建つ並木寄進碑)

今回は違います。
日光市に入り、大沢宿近くから、車があまり通らない or 車通行止めの杉並木が!
街道歩きで歩いていると、宿場の町には人が歩いているけど、宿場間ではほとんど人と会いません。
杉並木も歩いているのはおら1人という、景色独り占めの状態。
最近三脚を持って行くのを忘れているけど、杉並木の中で「\(^-^)/」な写真とか撮ればヨカッタです(笑)。
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(車は一方通行で交通量は少ない杉並木)

あまり人が歩いていない大沢宿とは打って変わって、今市宿はスゴい人・人・人!車・車・車!
日光そばまつりが開催されていて、メイン会場は日光街道は少し離れた日光だいや川公園だけど、日光例幣使街道の追分の近くのJR今市駅前通りは日光“焼き”そばまつりで大賑わい。
宿場内の道の駅日光街道ニコニコ本陣も駐車待ちの車で大渋滞。
宿場内では写真撮影のために街道を右や左に横切っているけど、写真撮るのに時間がかかりました。
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(建物を撮るのが大変な渋滞中の今市宿)

今回の大沢宿→今市宿は地図で計測すると19.5km。
おらは時速2kmで予定を立てているけど、昨日の日の入りは16:29。
石那田停留所を9時出発なので、日没前にJR日光駅に着くのは無理。
それでも何とか日の入りの20分後に着きました。
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(JR日光駅近くの昨日最後の杉並木)

杉並木は杉が並んでいるだけのはずなのに、鬱蒼としている感じで森の中を歩いてるようでした。
そのためすぐに暗くなります。
日没後の歩道がない国道の杉並木はコワかったですね。
今市宿を過ぎてからは気持ち早めに休憩もしないで歩いたので、今日は太ももやふくらはぎが筋肉痛です。(^-^;
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(夕暮れに杉並木の路側帯を歩くのはコワい…)

日光道中千住宿 その04

01日光道中千住宿

大橋公園の先に橋戸稲荷神社が鎮座しています。
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延長4年(926)創建というので、日光道中沿道の歴史は古いね~。
本殿と伊豆長八の鏝(こて)絵が区登録有形文化財です。

日光道中千住宿 その03

01日光道中千住宿

橋詰テラスに下りる手前に大橋公園があります。
おくのほそ道矢立初の碑とおくのほそ道行程図(案内板)が建っています。
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この場所は千住宿の橋戸河岸。
歌川広重の名所江戸百景「千住の大はし」では、荒川(隅田川)に架かる千住大橋の両岸が船着場で、多くの船がつながれています。

行春や鳥啼魚の目は泪

元禄2年(1689)3月27日、松尾芭蕉と同行の河合曾良は草庵のあった深川から船に乗り、矢立て初めの地:この千住から一歩を踏み出しました。
元禄2年は芭蕉が敬愛する西行500回忌の年。

日光道中千住宿 その02

01日光道中千住宿

千住大橋を渡ると足立区になります。
千住大橋橋詰テラスの堤防の壁に「おくのほそ道」の一節と、与謝蕪村奥の細道図屏風」の挿絵が描かれています。
「おくのほそ道 旅立ちの地 千じゆと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝぐ」ということで、白地に別れの杯
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徳次郎宿→

日光街道歩き

体育の日に日光道中二十一次の徳次郎宿を歩きました。\(^-^)/
日光街道歩きの8日目。
公共交通だとJR宇都宮駅から関東バス石那田停留所まで。
歩いた距離は寄り道含めて21.2km、7時間15分の旅。
歩数は27,381歩。

前回は9月で28.2km、9時間10分歩いたので、日が短くなったのが実感できます。
今回は晴れの予報がおおむね曇りで、最高気温も20℃にならなかったので、歩くのにはいい季候でした。
濡れ手拭いを首に巻くこともなく、飲み物も家から持ってきた水筒の水だけで過ごせました。

宇都宮市街を抜けて国道119号に合流すると、ゴールの石那田までずっと国道119号を歩くことになります。
はじめは片側2車線だったのが、40分ほどで日光桜並木の片側1車線となります。
そう、はじめは桜並木ですが、今回のルートから杉並木が現れます。
日光杉並木といっても、杉並木の中は車道で、残念ながら歩行者は歩けません。
杉並木の外側の一段高くなった歩道を歩きます。
杉並木の中を歩くのは、次回の大沢宿の巻までおあずけ。
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(歩行者は杉並木の外側を歩きます(>_<))

徳次郎宿は個性的な宿場で、宿場といえば格子戸の民家が街道に面しているものだけど、徳次郎宿は大谷石大谷石大谷石
宇都宮宿を過ぎて郊外になると大谷石の塀や蔵が散見されるようになるけど、徳次郎宿は塀も蔵もみーんな大谷石みたいな。
さすが地元で、住む家自体が大谷石という豪華なお宅もあります。
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(下徳次郎の仮本陣跡)

徳次郎宿は1つの宿場が上中下の3つに分かれて…ってゆーか、3つの集落が徳次郎という宿場を構成しています。
上中下の徳次郎にそれぞれ本陣や脇本陣があり、仮本陣ってのもあります。
今回の徳次郎宿の巻は3つの宿場を歩いたような感覚です。
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(これは宿場とは関係ないけど徳次郎城跡)

あと、今回は「跡」の付かない現存する一里塚が3カ所ありました。
修復整備されていて江戸時代の姿がそのまま残っているわけではないので、小金井一里塚のように国の史跡ではないけど、やはりモッコリしている一里塚はイイものですね。
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(石那田(六本木)一里塚)

ゴールの日光東照宮まであと20kmちょっと。
健脚の旅人はあと1回でゴールですが、おらはあと2回歩きます。(^-^;

日光道中千住宿 その01

01日光道中千住宿

素盞雄(すさのお)神社では、境内を散策したり、ご朱印いただいたり、休憩したり。
ツイッターでつぶやくようになってから、つぶやいている時間が半ば休憩しているようなもので、改まって休憩をしなくなってきたけど、ベンチがあるのでようやく15分休憩。
11:15千住宿の巻スタート。

素盞雄神社を出るとすぐに千住大橋
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初めて架けられたのは文禄3年(1594)です。
現在の橋は関東大震災の復興事業で、昭和2年(1927)木橋から鉄橋へと架け替えられました。
タイドアーチ橋としては日本最古です。
その後国道4号の交通量が増え、昭和48年(1973)上り車線専用の新橋が増設されました。
千住大橋旧橋は下り専用となって何だか小っちゃく見えるけど、橋名板にはド~ンと「大橋」と書かれていて、近くで見るとなかなか重厚です。

日光道中日本橋 おしまい

00日光道中日本橋

千住といえば松尾芭蕉「おくのほそ道」の矢立初めの地。
松尾芭蕉の碑が建っています。
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文政3年(1820)10月12日の芭蕉忌に建てられました。
千住が矢立初めの地といっても、船に乗った芭蕉が千住に降り立ったのは、宿場のある向こう岸と思うけど、当社の祭神:素盞雄大神は、俳句じゃないけど、日本で初めて和歌を詠んだ神さまなので、句碑が建てられたのかな?(^-^;
区指定有形文化財

あ!素盞雄神社文化財が多いからといって、ついフツーに散策しちゃった!
サッサと日本橋の巻を〆なくちゃ。
ということで、11:00日光道中日本橋の旅はこれでおしまい。
これからご朱印いただかなくちゃ。
当社はその他にも文化財はあるけど、詳しくは地元の方にお任せします。(^-^;

日本橋→の所要時間 3時間50分(休憩除いた正味時間 4時間15分)
万歩計Rの歩数 15,495歩

日光道中日本橋 その25

00日光道中日本橋

素盞雄(すさのお)神社文化財
続いて、境内の隅に集められた石仏群の右側3基が庚申塔三基(寛永十三年銘他)。
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庚申塔は左から、延宝6年(1678)・寛文13年(1673)・文化8年(1811)のものです。
区指定有形民族文化財

日光道中日本橋 その24

00日光道中日本橋

素盞雄(すさのお)神社は歴史が古い分、文化財がいっぱい。
まずは富士塚で区指定記念物・史跡。
由緒で二柱の神が降臨したという奇岩:瑞光石の周りに玉垣を築いて、元治元年(1864)に浅間(せんげん)神社を祀ったものです。
鳥居の奥に溶岩を集めたミニ富士があるけど、鳥居の下に竹柵が置かれているので登れません。
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地味